それからどうしたかって?



マグノリアと共に 11









ふもとまで降りてきた時、街は既に夕暮れ時。

一応人目につかないようにと馬車の荷台に隠れながら、あたし達は無事
コッフェルさんの屋敷に辿り着いた。

「リナねーちゃん、とりあえず奥の客室使ってて」

静かに馬車を敷地内に入れて繋いだと思ったら、そのまま
イリーズ達に促され、降りるや否やズイズイと背中を押され手を引かれて
扉をくぐり廊下を進み屋敷の奥まで通されてしまう。

「大事な書類とかまだ荷台に載ったままじゃない!!」

振り向いて苦情を口にしてもアメリアのあたしの背中を押す力は
一向に緩まずイリーズもずんずか先へ先へと手を引っ張っていては、
二人の勢いに負けたあたしの足は前に進むしかなくて。

「それはあたい達でちゃんと片付けておくから、ねーちゃんは
寝てなって!! アメリアさんもいるんだし心配要らないってば。ね?」

そう言いながらイリーズは片手で最奥の扉を開き、アメリア共々あたしの背中を
止めとばかりにぐいいっ!!と中に押し込んで。

「さ、とにかく今のリナさんに必要なのは充分な休息と栄養です。
ご飯は今から用意しますから、準備できるまで少しでも寝てくださいね」

「そーそー、消化のいいもの用意するから寝て待っててよ」

そう言いながら強引にあたしをベッドに座らせて、慌しげに部屋を
出て行く彼女達と入れ違いに、今度はガウリイが入って来て。

「ちょっと。 あたしは大丈夫だから自分の荷物位片付けさせてよ!!」

二人を追いかけて立ち上がろうとしたあたしの肩を
「お前さんは何もしなくていいから。 とにかく寝てろ」って
ガウリイのでっかい手が押さえつけ、やんわりと阻まれて。

「だって、あの子達に任せるなんて気になって仕方ないわよ!!」

もうすっかりと保護者の顔に戻ってしまっているガウリイに
食って掛かるようにブチブチ文句垂れてたあたしだったが。

「皆、リナの事が心配なんだ。
さっきはいきなりぶっ倒れちまうし、顔色悪いし。
イリーズに聞いたら聞いたら山にいる間、
ろくにちゃんとした飯も食ってなかったって言うじゃないか。
そんな状態のお前さんに無理はさせられん」

そう言って、人の頭をグリグリ撫ぜ繰り回してくれちゃうし。



もう、顔にまででかでかと「心配なんだ」って書いてあるわよ?



「大丈夫よ、さっき少し眠れたし。 
まったく、あんた達過保護すぎるわよ?」

つい呆れたような抗議の声を挙げるあたしに、ガウリイは
「じゃあ、これはなんだ?」
そう言いながら、ひょいとあたしの手首を取った。

「これって?」

何の事かと、きょとんとしたあたしに
「お前なぁ、自分がどれだけ痩せちまってるか気がついてないのか?
まぁ、元々細くはあったけど、こんなにバッキリ折れそうな程細くなかったぞ」
言いながら、あれよあれよと言う間にベッドの上掛けを剥いで。

「ほら、とにかく横になる!!」
そのまま腕を引っ張られて、ドサッと、子供のように寝かせられてしまった。

「待ってよ。あたしさっきも寝たし、眠くないってば」

ベッドに寝かされてなお、ジタバタ足をばたつかせて暴れるあたしに
「ダメだ、飯が出来るまで寝てるんだ」
両手で肩を押さえながら、少し怖い顔でガウリイが言い切る。

こういう時、こいつはてこでも動かないだろうしなぁ。

「でもさ・・・」

取りあえず暴れるのは止めてあげるけど
やっぱり書類が気になって寝てる場合じゃないんだってば!!

そんな思いが表情に出てたのだろうか。

「あれはアメリアとイリーズに任せとけって」
言いながら、何故かガウリイはパチンとブレストプレートの
留め金を外してしまった。そのままどんどん装備を解いて、
外した物から順にベッド脇に固めて置いて。

「ガウリイ、何やってんの?」

最後に『カシャン』と、斬妖剣を腰から外すと、そのままそれを
あたしの枕元に立てかけて。

シャツとズボンだけの身軽な格好になったガウリイは
「「ん?ああ、オレも一緒に寝るからな」って、
サラッと言って、あたしの寝ている布団の中に潜り込んで来た!!

「な、何考えてんのよ!! 乙女と同衾しようなんて
いい根性してるんじゃない!?」

あたしの抗議を無視してのんきそうな声で
「まぁいいじゃないか」とか言いながら悠々と自分の陣地を広げようとする
ガウリイに対抗して、すぐ横に寝転がろうとするでっかい身体を押し返そうと、
思いっきり腕を突っ張るけど、そんなの全然効果なくて。

「リナ、それよりお前さんも着替えたらどうだ。
そのまま寝たら、せっかくの服が皺だらけになっちまうぞ?」

とうとうベッドの半分を占領されてしまった状態で
サラッと言われて気がついた。

「ああっ、忘れてた!!」

せっかくのドレス、これ以上皺だらけできないって!
急いでベッドから起き上がり、脇に置かれてたパジャマに手をやって・・・。

「ちょっと待って。もうあたし、今すぐ寝ること確定なの?」
ぐりんっ、とガウリイの顔を見つめて確認してみたんだけど。

「ああ、確定だ」って。
だから、キッパリ言い切るなってば!!

「んじゃ、せめてあたしが着替える間だけでも外に出てようって思わないの?」
じろりと睨んでみたけど奴は「後ろ向いててやるから」って、それだけで。

なんか、疲れがドッと湧いてしまってこれ以上ごちゃごちゃ
言うのもヤだったから、スカートの下からズボンを履いて、
それからドレスを脱いで手近なハンガーにかけて。

「なんだよ。下、着てたのかよ」

「後ろ向いてるんじゃないの!?」

聞こえて来た残念そうな声に後ろを振り返ったら、
悪びれた風でもなくガウリイがこっち見てるし。

「残念でした、アンダーシャツ位着てたわよ」

今だこっちを見てる奴にべ〜ッと舌を突き出してやりながら
手際よくパジャマの上を羽織ってボタンを留めて
「んじゃ、あたしは隣の部屋で寝てくるから」
って、さり気なく部屋から出ようとしたんだけど。

くいっ。

「だめ。リナはオレとここで寝るんだ」って、
再びあたしはガウリイに手首を引っ張られて、
勢い良くベッドの中に引き込まれてしまった。

「ほら、暖かくしないとな」
パフッと掛けられたお布団は、お日様の匂いがしていて心地よかったし
どこからか良い匂いがすると思ったら
ベッドサイドには天井から、安眠を誘うハーブの束がぶら下げられているしで。

寝たままの姿勢できょろりと部屋を見渡してみても、何処もかしこも
綺麗に掃除が行き届いている。

まるで、最初から誰かが今日、ここに来る事を予定していたように。

「・・・ねぇ、ガウリイ」

「なんだ?」

「もしかしてあんた達、最初っからグルだった訳?」

一瞬、ガウリイは何の事だか判らない様子だったけど。

「え? ああ、イリーズの事か?」

それ以外に何があるって言うのよ!?

「そうよ、考えて見ればおかしな点はたくさんあったのよ。
アッサムが出所してくるって言ってきた時のイリーズの態度とか、
逆に今日の妙に落ち着いた対応とか。
それに、こんなに都合良くあんたと再会しちゃうわ、アメリアまでいるって
 どう考えてもおかしいじゃない!!」

上半身だけ起こして声を荒げるあたしに、ガウリイったら。

「まあそんなに興奮しなさんなって。
積もる話はお互いたくさんあるだろうけど、今急いでする話でもないだろう?」
って、片手であっさりと制して、人の肩を楽々抑えて布団の海に
沈めてくれちゃって。

更に更に。

「ちょっとまだ寒いから、こっちに来いよ」って
事もあろうに人の肩を抱き寄せてそのままぶっとい腕の中に
抱き込んじゃって!!

「にゃっ!! が、ガウリイ・・・・」

えと。

あの。



あたしのほっぺたが、その、ガウリイの胸に当たってるんですけど。

背中にもガウリイの腕が回されてて逃げられないんですけど。

頭のてっぺんに息、かかってるんですけど!!



「リナ〜っ、一緒に寝ようなぁ・・・」

硬直するあたしを尻目に、既に眠そうなガウリイの声が聞こえてきて。

同時に『とん、とん』ってむずかる子供にやるような、優しくあやすよう
軽く背中を叩くリズムを感じて。

『こんにゃろ』って上向いて睨んでやろうと思ったあたしだったんだけど。

ありゃ? ガウリイってこんなにシャープな輪郭してたっけ。

既に半分眠りの淵に落ちかけている奴の頬は、あたしの記憶よりも
幾分肉が削げて、目の下には良く見たら隈が。

「ガウリイ・・・」

もそもそと狭い空間の中から片手を出して、
彼の頬にそっと当てる。

すると「リナ・・・もう、何処にも行かないでくれよ・・・」
ガウリイの口から零れた、あまりにも心細げな声。

もうっ、しょうがないなぁ。

抱き締められて密着している部分から、ポカポカとガウリイの熱が伝わってきて
それがとてつもない安心感をあたしに与えてくれて。

あたしの瞼まで、急に睡魔が襲って来たかのように重みが増した。

「こんなの・・・今回だけ・・・だから・・・ね・・・」






すうっと。






そのままあたしは、今までどんな事をしても手に入れられなかった
穏やかな眠りの世界に吸い込まれていったのだった。






チチチチチ・・・。






柔らかな朝日が差し込む部屋で、あたしは目を覚ました。

随分久しぶりにぐっすりと、身体の欲するがままに眠り続けていたように思う。

「・・・良い夢、見たわね・・・」

ガウリイと再び共に歩む夢。

横向きに丸まって寝ていた身体をゆっくりと起こし、腕を振り上げ
「う〜ん」と声を出しながら伸びをして。

横目に入った金色の物体をチラリと。



「え」



金色?

豊かに流れる川のような金髪。

安らかな寝息。

青い、いつものシャツに包まれて穏やかに上下する厚い胸板。

あたしの服の端を掴んだままの、グローブを着けたままの剣ダコだらけの大きな手。

「ガウリイっ!?」

そうだった。
あれは夢なんかじゃなかったんだ。

昨日あたしはガウリイに捕まって、山の家を引き払ってきたんだった。

きょろりと部屋を見回しても、今まで寝起きしていた部屋とは壁紙も
家具も何もかもが違っていて
普段ならすぐに違うと気がついただろうに。

「う〜ん、り〜な〜ぁ・・・」

うにゃうにゃ意味不明の寝言といっしょに、ガウリイの口から零れたあたしの名前。

傍で聞いていてもそれはそれは幸せそうな響きでもって。

おはよう・・・ガウリイ

穏やかに眠る彼を起こさないよう小声で朝の挨拶をする。

旅してた頃、野宿の朝に、
こんな風に。

二人して穏やかな朝を迎えた事もあったっけね。

また、あんたといられる日が来るなんて思わなかったわ・・・。



枕に乗り切らずにあちらこちらに流れちゃってる長い髪を一筋、そっと梳いてみる。

以前ろくな手入れもしていないのになんで痛まないのよ!!って
八つ当たりした事もあるけど。

するすると根元の方から滑らかに指の間をすり抜ける金の糸。

『キシッ』

ありゃ?

以前は毛先までスルスルと、心地の良い位滑らかに指が通ったはずの髪の毛が、
残り三分の一の場所で軋んで引っかかってしまった。

「にゅっ、このっ・・・」

一旦指を引き抜いて、絡まった流れを解そうと両手でイジイジやってたら
根元の方から「リナ、おはよう」って、声が掛けられた。

「ごめん、起こしちゃった?」

悪い事しちゃったかな?

「いや、いいんだ。リナに起こされるのも幸せ、だからな」

う、あ。

「な、何言ってっ!!」

いきなり何言うのよあんたはっ!!

慌てるあたしを寝転がったまま、おかしそうに眺めながら
「目が覚めたらリナがいる。これって最高の幸せだ」って。

なんちゅう臭いセリフを吐くんだこの男。

「ガウリイ・・・」

「なんだ?」

「あんた、まさか偽者じゃないわよね?」

ガクッ!!
「お・・・お前なぁ・・・」

おお、この突っ伏し方は紛れもなくガウリイだわ。

「や〜♪ いきなりそんな臭いセリフを言うから、つい偽者なんじゃないか?
って思っちゃったのよ。そのずっこけ方は間違いなくガウリイね♪」

「リナ・・・オレの見分け方ってそんなかよ・・・」

ぶうたれながら、ムクリと起き上がるガウリイの姿にドキッとしたのは
絶対秘密だ。






コンコン

ノックの音と共に
「リナねーちゃん、起きてる?ご飯できたよ〜」
扉の向こうからイリーズの声が。

「わ、わかった。着替えてから行く〜」
ドキドキを誤魔化すように声をあげたあたしに
「着替えなくてもいいよ、皆疲れてるから楽な格好でご飯に来るからさ。
身内だけなんだし、もうパジャマでいいじゃん」
そう言うと、「先行くね〜」って声とパタパタ軽い足音が段々と遠ざかって行く。

「じゃあ、飯喰いに行くか♪」

ガウリイののんきな声に促されて、二人連れ立って
食堂へと向かったのだった。