マグノリアと共に12







食堂についたあたし達を待っていたのは。

ローストチキンに大量の具沢山スープ、こんがり焼き目の付いた
ベーコンに目玉焼き、更に温野菜サラダと煮魚と
ぐつぐつと音を立てているチーズリゾット。
焼きたてのパンが数種類とフルーツが籠にてんこ盛り。
もちろん薫り高い香茶とヨーグルトも忘れずに。

「ホラホラ二人とも、早く席に着いてよ。冷めちゃうじゃないか」

広いテーブルの上いっぱいに『どうだっ、これでもか!!』って位に
美味しそうな料理の数々が所狭しと並べられていて。

イリーズに促されて席についた瞬間から、もう勝負は始まっていた。

「あっ、それあたしが狙ってたモモ肉さんっ!!」

「そっちこそオレが取ろうとしてたウインナー取ったな!!」

「ふっ、所詮この世は弱肉強食よ♪」

「そっちがその気ならこうだっ!」



シャキン!!

ガキッ!!

しゅたたたたた。



静かな朝の食卓には、フォークとナイフのぶつかる音が良く似合う。



「やっとリナねーちゃんらしくなったねぇ」

「あの二人はこうでなくちゃ」

久方ぶりのお食事バトルを繰り広げるあたし達を、イリーズとアメリアは
巻き込まれないようにと遠巻きに眺めつつ、それぞれ
確保した食料を突付いて、のんびりと香茶を啜り。

コッフェルさんはあたし達の底なしの食欲を前に、
驚きで口を開きっぱなしのまま。

自分でも驚くほど、口に入れるもの総てが美味しくて仕方がなくて
手当たり次第に手を伸ばし、噛み砕き、飲み込み飲み干す。

忙しなく両手を動かしながらもガウリイの出方を窺っていると
あいつもこちらをチラッと。

視線が絡み合い、また解け。

その間にも攻撃の手は一切緩めずに、お互い一切手加減無しで
テーブルの上の完全制覇を目指す。

それはいっそ爽快さを感じるほど、幸せで充実した時間だった。






しばらくはあたしとガウリイの独壇場だったのだが
ある程度あたし達が満足した頃合を見計らって、アメリアが口を開いた。

「リナさん、これからの事をお話してもよろしいですか?」

彼女の真剣な表情を前にして、あたしもくわえたウインナーを
ムグムグと飲み込んで姿勢を正す。

「で、あんたがここまで来た理由って、
単にガウリイに頼まれただけじゃあないわよね?」

アメリアは昨日『セイルーンは国を挙げてリナさんを支持していますから』
と言っていた。

つまり、今の彼女はあたしの友人であるアメリア個人としてではなく
公式に、セイルーンの第二皇女として動いているという事に他ならない。

「単刀直入に聞くわ。これからあたしはどうなるの?」

今、一番知りたい事。

それは、この先何が起こりうるのかの予想とスケジュール。

あたしの知らない所で着々とお膳立てが進むよりも
少しでも何が起こるか知っている方が、対策も立てやすいというものだ。

「はい、では順序立ててお話します。
まず、魔道士協会から出ているリナさんへの召喚状は今だ有効です。
ですので、まず父さんの名前で協会にリナさんの所在及び身柄を
確保した事を通告して、そのまま我が国で協会に提出する報告書及び
審問会への準備、各事件の経緯を知る証人の確保を認めさせます。
この事は協会内での根回しは既に完了していますから
決定事項と思ってください」

ここまで一気に言い切ってしまうと、アメリアはくいいっと
香茶を飲み干し。

「まぁ、我が国と魔道士協会にはかなり太いパイプがありますし
互いの利益とこれからの発展を望むのならば、今回の申し出は
協会側にとってもさほど悪い話ではなかったと思いますよ?
万が一、話が折り合わなかった場合は裏取引も
止むを得ないつもりでしたが、思いの他スムーズに行きました」

「う、裏取引って。あんた、そんなの嫌いなはずでしょうが!」

驚くあたしに「正義の為なら多少臨機応変に動く事も
時には必要ですから」とアメリアは動じた様子もない。

「それに、今回の事に一番腹を立てているのは父ですし。
今回私が出て来られたのも父の意向あってのものですから」

じゃあ、続きですが。と、再び話を元に戻し。

「審問会の開催はどうあっても避けられない事として
次に会場をどこにするか、という話が持ち上がりました。
うちからも交渉役をサイラーグの魔道士協会仮設本部へ
『審問会は是非我がセイルーンで』って使いを出したんですけどね。
でも、先手を打たれちゃいました」

そこで何を思い出したのか、にっこりと笑うアメリア。

「先手って?」

その微笑に、何故かあたしの背筋を冷たいものが駆け上がる。

「うちよりも先に『是非我が国で審問会の開催を』って
手を挙げた国があったんです。
『リナ=インバースに対する審問会であるなら、
うちでやらなくて何処でやるんだ』って。
で、交渉に来ていた方の鶴の一声で、その国の王立会議場で
リナさんへの審問会が行われる事が決まったんです」

つ、鶴の一声って。

まさか、ね。

一瞬、恐ろしい想像が頭をよぎって冷たい汗が額を滑り落ちる。

正直この先は聞きたくない。

聞きたくはないが・・・。

「で、何処でやるんだ?」

ああっ、ガウリイったら聞かんでもいい事を!!

「開催場所はリナさんの故郷、ゼフィーリアの首都
ゼフィールの王宮内です♪」

再びにっこりと微笑んだアメリアの顔が一瞬
悪魔に見えたのは気のせいか。

「で、交渉に来ていた方というのがですね・・・」

言うな、頼むから。

あたしの予想が当たっていたならばあの人が・・・。
いや、大体あの人はそうそう国外には出られないはずだし。

「何と!! 噂に名高いスィーフィードナイトだったんですよ」



がったん!!



アメリアの口から飛び出した名前に、思わず椅子から
転げ落ちてしまった。

ま、まさかねーちゃん自ら出てくるとは思ってなかった。

いや、思いたくなかったのに。

「その方が言うには「審問会の最中に切れたリナさんが暴れ出さないと
保証できるのは我がゼフィーリア以外にない」と。
それに万が一リナさんを狙って魔族が襲ってきた場合、
被害を最小限に食い止めるだけの戦力を保有しているのも、
今現在うちだけでしょう、とも。
で、最初は「同郷同士で庇いあうつもりか!?」って反論した
ツワモノもいたそうなんですが、
「この私がそんな事をするように見えまして?」って
彼女に軽く一睨みされただけで、まるでドラゴンに睨まれたヒヨコのように
カチンコチンに固まってしまったそうで。
・・・あれ、リナさんどうかしましたか?」

椅子から転げ落ちたままの姿勢で硬直してしまったあたしを
邪気のない笑顔で見つめるアメリアにあたしは力なく微笑んで見せた。

「うふふふふ、ねーちゃんが、ねーちゃんが直接って・・・」

審問会が王宮って事はねーちゃんもあの人も、
父ちゃん母ちゃんも絶対に来る。
そもそも普段国外に出ることのないねーちゃんが
出てきてるって事は、エターナルクィーン直々の勅命だからだろうし。

って事は、万が一不利な判決が出たとしても、呪文で場をかく乱して
ガウリイ連れてそのまま結界の外へ逃亡するって手も使えない・・・。

「あああああ、もう終わった。
この先どうあっても逃げおおせる事なんて無いのよ〜っ!!」

ねーちゃん相手に言い訳なんて聞いてもらえるわけもないし、
アレの力を借りた呪文をぶっ放して、なおかつフィブリゾとやりあった時
一度アレに身体を乗っ取られました。
何て知られたりしたら、お仕置きフルコースじゃ
絶対に済まない。済まないったら!!

せっかくガウリイと再開できたって言うのに。
ああ、あたしの人生って儚かったのね・・・。






あまりの事に放心状態で床に倒れていたあたしを、ガウリイが抱き上げ
椅子に座らせてくれたが、とてもじゃないが正気ではいられない。

「ねーちゃんが、ねーちゃんが・・・」

うわ言のようにブツブツ呟くあたしを不審に思ったのか
「リナ、大丈夫か?」ってガウリイが肩を揺すって来るけど
とても返事を返す気力も出ないってば。

「で、これがその時お預かりした、おねーさんからの伝言です」
サッと、一枚の封筒を差し出すアメリア。

それを恐る恐る受け取って、皆が注目する中、ペリリと封を切って
二つ折りにされた紙片を開いて。

中に書かれたシンプル極まりない文を読み終えたあたしは
詰めていた息を一気に吐き出した。

「なんて書いてあったんだ?」

能天気に聞いてくるガウリイ。

「リナねーちゃんの実のねーちゃんかぁ」
興味津々なイリーズに。

「リナさんが時々スィーフィードナイトがどうとかって
言ってたの、冗談だと思ってました」
お互い個性的な姉を持つと苦労しますね、とアメリア。

今だ状況がつかめずに傍観を決めこんでいるコッフェルさん。

あたしはグルリと視線を一同にやった後、書かれていた文面を
ゆっくりと読み上げた。



「やましい所が無いのなら、堂々と胸を張って帰ってらっしゃい」って。



とりあえずいきなり有無を言わさずのお仕置きフルコースだけは
避けられた事に、あたしは再び盛大に安堵の吐息を漏らしたのだった。







「じゃあ、今後の事は大体決まりましたから、そろそろ評議長さんに
お暇する旨を伝えなきゃですね」

食後の香茶を飲み終えて、ひと段落ついた頃。

なんだかすっかりアメリアペースに巻き込まれているような気も
しないではなかったけれど。一応世話になったといえばなったんだし、
ここを辞するにあたって挨拶位しておかなきゃね。
そう思って出かける準備をしてるあたしの後ろで

「なら、オレもついていく」
「あっ、私もお供します♪」
「それならあたいも〜」

って、子供のお使いでもあるまいに。
依頼完了の報告と挨拶位一人で行くって言うのに
3人ともついてくるって聞かなくて。

で、結局皆でぞろぞろと協会に足を運んだのだった、が。






「リ、リナ君っ!! いや、今までありがとうっ!!
これはささやかだが私からの謝礼金だ、受け取ってくれたまえっ。
では、もう行ってかまわんよっっっ!!」

評議長室に入るや否や、血相を変えて駆け寄って来た
評議長に、押し付けるようにずしりと重い皮袋を手渡された。

最初に会った時の尊大な態度とは180度方向の違う対応に、
あたしは何かがあったのだろうと推察したんだけど。

ここにあたしが顔を出した瞬間から、評議長の顔色が
みるみる蒼白になっていくし。
と言うよりも正確にはあたしの後ろにいる『誰か』に怯えているらしい。

一体誰を恐れてる???

つい後ろを振り返ってみたけど、皆きょとんとして
『私『オレ『あたい』じゃないぞ?』』』って顔してるし。

「では、私はこれで失礼させていただきます。
今までお世話になりました」

まぁ、すんなりと出立できるのはありがたいわと
退出する為に扉のノブに手をかけた時だった。

廊下から「なんだって〜っ!!」っと、大声が上がった。

何事かと廊下に出ると、司書のアリストがこちらを見たまま
呆然と突っ立っていて。

「みんな、大変だ〜っ!!
リリーナさんが出て行っちまうって!!」

一瞬後、協会中にアリストの声が響き渡った。

「何だって〜っ!!」

「リリーナさんが帰るって!?」

「なんでそんな、急すぎるよ!!」

アリストの悲鳴に近い絶叫に呼応するように、そこここの扉が
バタバタと開いて、ゾクゾクと人がこちらに向かって来る。

「え、あ、あの。あのね・・・」

あまりの事に驚いて行動を起こす間もないうちにすっかりと
退路を塞がれてしまった。

「リリーナさん、どうしてなんだ!!」
「僕を置いていくなんてありえない、どうか本当の事を
教えてくれないか?」

「そうだそうだ、君の素顔が見たいんだ!!」

「リリーナちゃん。あたし達は何があってもあなたの味方だから
遠慮なんてしなくてもいいのよっ!!」

「え?え?え?え?え?」

皆が点でばらばらに喋りかけて来る内容から
あたしが訳あって素性を隠していた事がばれてるのは判った。

が、それが判ったからと言ってますます増える人の波を
どうにかできるわけもなく、
いつの間にやらあたしの周囲は人の山で埋もれてしまった。

しかも人の手を勝手に握ってくるわ、髪を引っ張ってくるわ。
あんた達、いいかげんにしないと・・・!!
もう、ここまで来たら正体がばれようとかまいやしないと
呪文を唱えようとした時だった。

パンパン、と、誰かが大きく手を打ち鳴らし、皆の注意を引いて。

「じゃあ今の時点をもって、賭けは終了〜っ!!
結果発表は今晩大会議堂にての集会の時にするよ」

突然、この場を仕切り始めたのはイリーズだった。

「ちょっと、賭けって一体何の事よ!?」
ザワザワと騒がしい廊下をかき分けてイリーズの側に
寄ったあたしに
「ああ、言ってなかったっけ?」

彼女は悪びれた様子も無く、にっこりと笑って
こういってのけたのだ。

「実は、『謎のリリーナさんの正体はどれだ!?
トトカルチョで一山当てて大もうけ!!』って企画だったんだ〜。
だって、あんまり皆がうるさいから誰か一人でも当たりが出たら
先生の正体を教えるって」

「あ、あんたねぇ・・・」

あんぐりと口を開けてしまったあたしと。
「だって、味方は一人でも多い方がいいじゃんか♪」と
不敵に笑うイリーズ。
そう、この娘の抜け目のなさは天下一品だって
忘れてたわ・・・。

「と、言うわけで」
ガウリイさん、ちょっと肩貸して。
ちょこちょこと器用にガウリイの肩によじ登ったイリーズは
今だざわめく皆の方をグルリと見回して。

「ここにいる皆はリリーナ先生の味方だよね?」
イリーズの問いかけに対して周囲から一斉に同意の声が挙がる。

「なら、先生の正体がみんなの予想と外れていようと、
味方でいてくれるよね?」

静かな、でも真摯な声。
イリーズの真剣な表情に、周囲のざわめきが徐々に静まって。

「今夜の集会にはさ、悪いけどあたい達の味方になってくれる奴しか
招待できないんだ。元々賭けの参加条件も、そう言ってあったし」

いつの間にか、聴こえるのはイリーズの声だけになって。

「だから、その意志のない奴は欠席して。
で、今夜の集会の事は関係者以外一切他言無用だから
来る意志のない奴もこれだけは協力して欲しい」

そう締めくくって静かに頭を下げたイリーズに
皆が静かな同意を返し。

「じゃあ、今夜会場で」
「準備は任せといて」
口々に挨拶を交わしながら、場が散会して行く。

数人はイリーズの元に寄って何やら声を掛けていて、
イリーズを肩から下ろしたガウリイとアメリアがこっちに駆け寄ってくる。

「大丈夫か?」

呆然としてしまったあたしを気遣って、心配げに顔を覗きこんでくる
ガウリイに「大丈夫よ」と返す。

そこにイリーズとさっきの友人らしき女性数人がこちらにやってきて
「じゃあ、夜に向けて準備しようか」って。

「イリーズ・・・」

あたしは静かに彼女の元に近寄って、そっと手を伸ばし。

「あんたわ一体どんだけ人をびっくりさせれば気が済むのよっ!!」
逃げられないように思いっきり頭を抱え込んで、握りこぶしで
頭のてっぺんをグリグリ抉り込むように押し付けてやる。

「いて〜っ!! ねーちゃん、いて〜よ〜っ!!」

「あんたねっ!! あんたって娘は〜っ!!」

もう、気持ちが言葉に出てこない。
思いがけない現状と、イリーズの逞しさと強かさ。

それから、あたしに対する掛け値のない好意。

微笑ましげにこちらを見つめる視線を感じながら
今日を限りにしばらく出来なくなるじゃれあいを続けたのだった。