マグノリアと共に 13







「じゃあ、とにかくリリーナさんも準備しなくちゃ♪」
さあさあとイリーズとその友人だろう少女達に急かされて。

急遽出席する羽目になったパーティーの準備の為に
あたし達は一度イリーズの家に戻る事になったのだ。






「あの、髪の事なんですが。 これってうちの店で扱っている染料を
使って染められたんじゃないですか?」
家に着いて、さて何から手を付ければ良いのやら、と考えていたあたしに
イリーズの友人の一人、レシェミが声を掛けてきた。

「あなたの店のかどうかは知らないのよ。 それ、評議長に貰ったものだから」
答えたあたしに「じゃあ、その染め粉は残っていませんか?」って。

え〜と、確かあれはこの家に置きっぱなしにしてた筈。

イリーズに染め粉を探してもらい彼女に確認してもらうと
どうやら彼女の店の商品に間違いなかったようで。

「じゃあ、まずこの色を落としちゃいましょう。
多少痛んじゃいますけど、もう一回黒く染める気が無いんでしたら
その方が良いと思いますよ?」と、あっさり言ってにっこりと笑う。

「染めてるって、そんなすぐに判るものなの?」
染める時、斑にならないようにってかなり気をつけたつもりだったのに
見る人が見れば一発で判るという事か。

「髪染めは、上手に染めるとそれが地の色なのかどうかは
素人目には中々判別できないんです。
ただ、リリーナさんの場合は染めてからある程度時間が経過していますから
髪が伸びるにつれて根元から元の髪色が見えてきていたんです。
だから、リリーナさんが変装してるんじゃないかって、
皆が気がついたんですよ」

さ、洗面所に行きましょうと促され、連れ立ってテクテク歩きながら
少し気になっていた事を聞いてみる。

「ねえ、あなた達は随分イリーズと仲が良いみたいだけど
あの娘は元々協会とは関係の無い一般人のはずでしょ?
さっき見てて思ったんだけど、その割には協会内で随分人望が
あるように見えたのよ。 それはどうして?」

「ああ、それはですね」

何を思い出したのか、クスクスと笑いながら彼女が教えてくれたのは。

「元々イリーズとは彼女がこっちに越してきてからの友人なんですけど。
あの娘はご存知のとおり、ああいう性格でしょ?
知り合ってすぐの頃にちょっとしたトラブル解決を手助けしてもらったのが
最初で、そこからいつの間にやら顔見知りをどんどん増やしちゃってたんです。
加えておじい様が協会に多額の寄付をしてくださったのも大きいかな?」

「寄付?」

コッフェルさんは評議長個人にではなく、協会宛に寄付をしていた?

「ええ、ご存知かもしれませんが、うちの協会は正式に発足してから
十数年しか経っていないんです。
なので、資料も器具も書庫も何もかもが他所の協会に比べると
ちょっと恥ずかしいほど不足していまして。
それが、数年前からコッフェルさんが運営資金を援助して下さるお蔭で
随分まともな研究も出来るようになりました。
時には高価な魔道書も数冊献本してくださったりも」

「待って。 魔道書って、そんな高価な物をどうして!?」

資産家が協会に資金援助をする事はそう珍しい事ではないが
魔道書を数冊、というのはいくらなんでも異常すぎる。

あたしが異常と言い切る理由は、物にも寄るが稀少な魔道書一冊だけでも
個人が購入するにはかなリ値の張る代物だからだ。
下手したら自分の身代まで潰しかねない金額になってしまう。

そんな大量の寄付なんて、どうして一般人のコッフェルさんが?

「何でも、ある魔道士さんにとてもお世話になったからって仰ってましたよ。
それに、うちもただでご寄付をいただいてる訳でもないですよ。
コッフェルさん所有の鉱山の発破作業やら、鉱石の運搬作業も
交代制でお手伝いさせていただいてますし」

さあ、まずは髪を蒸らさなきゃ。

あたしを背もたれを傾けた椅子に座らせ、レシェミは手際よく作業を進めていく。

ん・・・頭がジワリと温まって気持ちいい。

蒸しタオルを何度も交換しながら、そのつどあたしの知らない薬品を
彼女の手が優しく髪に揉み込んでいく。

その感触が気持ちよくてウトウトと居眠りしそうになっちゃうけど。

「ちょっとだったら寝ちゃっても良いですよ?」

魅惑的な言葉に甘えて、あたしはそのまま意識を飛ばした。








ゆさゆさと、波に揺られているような、そんな感じ。

「起きろよ、ほら」

声はすぐ近くから聞こえて。

「ん・・・ガウリイ?」

まだ眠気で重いまぶたを開けると、目前にはにっこりと笑った相棒の顔。

「あんまり気持ち良さそうに寝てたから悪いと思ったけど。
あの娘に呼ばれたもんだから。 ほら、見てみろよ」
差し出された手鏡を受け取り、自分の姿を映してみると。

「うわっ、すっかり元通りじゃない!!」

映っていたのは、すっかり昔と同じ栗色の髪。

「あの娘が「多少手触りが悪くなるのは諦めてくださいね」って言ってたぞ。
それと、アメリアが出かける前にちょっと何かつまんで行けってさ」

パーティーじゃあろくなご飯が出ないのかしら?

「あの娘達は先に会場に行ってる。 準備が出来たら来いってさ」

「そなの? 起こしてくれたら一緒に行ったのに」

そんな会話を交わしながら、あたし達は二人肩を並べて食堂に向かった。




「いっただきま〜っす♪」

もぎゅっ、とじゅーしーな肉汁滴る肉まんを一口。

「だから、んぐっ、今回の主役はあとから来いって」

ガウリイはハーブウインナーを齧りつつ。

「それと、いきなり素のリナさん全開だと皆が引いちゃうから
ある程度食べて落ち着いてから来てくださいってイリーズさんが。
私は出立の準備をしたいので欠席するって伝えてありますから」

失礼な事をサラッと言って、コクンとジュースを飲むアメリア。

「イメージって・・・」

引く、と言われて憮然とするあたしに、にっこりと微笑みながらアメリアは
「だって、リナさんがリリーナさんやってた時は
大人しい猫を100枚位かぶってたんでしょ? 
それが皮を剥がしたら出てきたのはドラマタでした♪じゃあ」
なんて、言いたい放題言ってくれちゃうし。

「そだな♪」

ガウリイまでのんきに同意を示す。

「ちょっと待て、あんたら人をなんだと・・・」

ぎゃいぎゃいと騒ぎながらも軽い食事を終えて部屋に戻り。
さあ着替えようかという時、目の前には3着の服が用意されていた。

この街に着てから普段着ていた巫女風の衣装に、
例のドレスに・・・今まで着ていた魔道士としての旅装。

どうにしようかと少し迷ったけど。









「やっぱり、あたしはこれを着ていくわ」

選んだのは、着慣れた魔道士の服。

「やっぱり、リナにはその方が似合うな。 ほら」
きっちりとショルダーガードも、マントもつけて部屋から出てきたあたしを見て
嬉しそうに笑うガウリイから、そっと差し出されたのはあたしのバンダナ。

「これで、リナ=インバースの完全復活だな」
完全武装したあたしを眺めながらガウリイが満足げに笑った。

「そうね、今すぐにでも盗賊いぢめに行けそう♪」

「それはダメだ」

「ガウリイのけーち」

軽口を叩きながらバンダナを巻き、グローブを嵌めて
きゅっと両手を握り合わせる。

うん、やっぱりあたしにはドレスよりこっちの方が良く馴染む。

久しぶりの旅姿に身体の底から力が漲ってくるような気さえして
「じゃ、行くわよ!! 翔封界!!」
ガウリイの手を取って唱えた呪文。

発動した魔力はあたしの気持ちそのままに、力強く軽やかに
手をしっかりと繋いだあたし達を宙に導びく。

ほんの数ヶ月前は当たり前のようにしていた事なのに
今こうしてると、胸がドキドキするのはどうしてだろう。







「なぁ、アレ、つけてくれんのか?」

「アレって何よ?」

ゴウゴウと風の流れる音が耳に響く。

外は夕闇が迫っていて、眼下の町並みには温かな灯火が
柔らかな光を放つ。

「オレがやった香水だよ」

「あ・・・。あれ、どうしてあたしにくれたの?
普段あたしが匂いのつくものは使わないって知ってた癖に」

「それはだな・・・」照れた顔で彼が言うには。

「実はあれだけでも、告白の意味があったんだぞ。
花言葉で気持ちを伝えるってやつ。
あの匂い・・・マグノリアだったっけか、店のおっさんにお前さんの
特徴とか話したら、その場で調合してくれたんだ」

「匂いで告白って、そんなのじゃ判んないわよ」

「なんでもな、あの村じゃあ女は祭りの時に取っておきの
服を着て男を誘って、男は花束と、その娘の為に作った香りを添えて
告白するんだとさ」

ほらまた。照れてるからってまた頭掻いちゃって。
いくら結界の中だからって、片手であたしにつかまってたら危ないわよ?

「じゃ、じゃああれの花言葉って何?」

後で調べるなんてもどかしくて出来なくて聞いちゃったあたしに
「え〜っと。・・・忘れた」



ピキッ。



「うわっ、冗談だ、じょうだんっ!! 頼むから手を離すのは
やめてくれ〜っ!!」

ぎゅむむむっ!!

「やっ、ちょっと!! しがみつかないでっ、制御できなくなる〜っ!!」

落ちるまいと必死にしがみついてくるガウリイの手が
ややこしい所を掠め。

「うわきゃっ! ど、どこ触ってんのよ」

「お、おちる〜っ!! 死ぬ時は一緒だ、リナ〜っ!!」

「え、縁起でもない事言うんじゃないっ!!」



夜の帳が下り始めた空を、騒がしい二人が切り裂いていく。







「・・・えーと、協議長の愛人が3票。
他所の協会で才能を妬まれて左遷されてきた薄幸の美少女に5票。
実は本当に良い家柄のお嬢様に2票。
実はセイルーンの巫女さんだったに3票・・・」

ようやくパーティ会場に着いたあたしの耳に聴こえて来たのは
どうやら賭けの投票結果らしい。

「評議長の隠し子に1票、あたいの腹違いの姉に一票。
清らかな彼女は僕の運命の人・・・。これ書いたのアリストだね?
一応1票にカウントっと」

イリーズが手に持った紙片を読み上げ、それを傍らの娘が黒板に
結果を書き上げて。

「え〜と、実は訳ありの人に2票。って、そんなの答えに
なってないっての!!これは、無効っと」
無効と判定した紙をポイと投げると、それに投票したであろう
人物から野次が飛ぶ。

「で、あとはぁ。ドラゴンよりも強い黒魔道士に一票。
本当は栗色の髪で瞳は赤くてローブの色はかわいらしくピンクvに一票。
隠してるけど複数の二つ名持ちに1票って、これ書いたのだれ?
しかも三人揃って「リリーナさんに敬意を表して参加しただけだから
勝ち負けは興味なし。 あとでサインくれればいいよ」って。
まったく、無欲なんだから。 これも無効票で処理っと。
あとで文句行っても受け付けないからね!
んじゃ、これで投票結果の発表は終わり!!」

最後まで結果を読み上げて、イリーズはにっこりと笑いながら
「じゃあ、結果は・・・一応、正解者はなし。 
判ってて権利を放棄した奴もいるからそれで納得してよね♪
それから全員ハズレって事は、掛け金は全部胴元の
あたいのものって事で、ひとつよろしく♪」
嬉々として手に下げた皮袋に頬擦りしている。
まったく、あの娘ったら!!

それにしても、最後の三人は判っててワザとあんな書き方
したんじゃないでしょうね!?

三人分を纏めたら完璧に正解じゃない!!

もしかして、あたしってこっそりするのが下手なのか!?

舞台裏からそっと会場入りしたあたしとガウリイは
顔を見合わせてしまった。

そこに「じゃあ、そろそろ正解の発表に移りたいと思います。
ねーちゃん、来てるよね?」

いつの間にかイリーズがこっちを見ながらマイクを握り締めている。
まったく、いつの間に気配を読む事を覚えたんだか。

「いるわよ」

短く答えたあたしの声に、一斉に場がざわめき立ち。

しーっ、と、人差し指を口元に当てたイリーズの合図に口を噤む。

「んじゃ、今度は正式に紹介するから」

静かに話すイリーズの声に胸がドキドキしてきた。

いくらリリーナの時は好意を持ってくれていても、いざあたしの
正体を知ってしまったら幾人かは敵に回るかもしれない。

まぁ、どっちにしろもう、正体を隠す必要がなくなっている訳だから
いざ騒ぎになっちゃったらとっととトンズラするのもありなんだけど。

「ねーちゃん、こっちに来て」

演台の前でイリーズがあたしを手招きしてる。

さて、どんな反応が帰ってくるのかと内心ドキドキしながら
ゆっくりとイリーズに歩み寄る。もちろんガウリイも一緒に。

「おい・・・あの格好・・・」「髪の色、やっぱり栗色だったんだ」
「隣の金髪の男の人は・・・?」
好奇心いっぱいな視線に晒されながら、促されて
演台の前に立ったあたし達。

「じゃあ、改めて紹介します。
この二人の正体は・・・この世界最強の天才女性魔道士と
その相棒で超一流の傭兵って事で」
そこまで言うとイリーズはぺろりと舌を出し。

「ここまで言ったら、うちの協会に分からないって奴はいないよね?」と。
意味深なセリフを言って、イリーズは茶目っ気いっぱいに笑いながら
周囲をぐるりと見渡した。

・・・それに答えるような突き刺さる視線と沈黙がいたひ。
と感じた、一瞬後。

「うわっ!! まさか、マジでリリーナさんの正体って
正真正銘デモンスレイヤー、リナ=インバース!?」

「じゃあ、あの金髪の男がガウリイ=ガブリエフ!? 
彼が光の勇者の末裔っていうのは本当なのか!?」

「すげえ!! 伝説の「魔を滅する者」が揃い踏みだ!!」

「本物なのか!? 本当にリナ=インバースなのか!?」

「あの格好と連れの男、それに評判通り胸がないっ!!」

「嘘だ〜っ!! あの清楚なリリーナさんが凶暴無比なドラまただって!?」

会場は、瞬く間におびただしい数の絶叫に包まれた。

が、しかし。






「・・・あんたらね。 失礼な事言うとドラグスレイブかますわよ?」

ボソリと地を這うような低い声で言ったあたしの一言に、
会場は面白いように静まり返り。

しかし、次の瞬間。

ぜひ僕の論文を読んでみてくださいだの、あのレポートは素晴らしかった
だの、純魔族と戦うなんてどういう戦法を使ったのかとか
あたし目掛けて殺到する人波にもみくちゃにされてしまう。

「ちょ・・・ちょっと・・・いたっ!!」

「リナさんの髪の毛、魔族避けのお守りにします!!」

誰よ! 人の髪の毛無断で引っこ抜いた奴!!

この状況を何とかしてよ!!と必死に頭をめぐらせるけど
脱出口が見当たらないっ!!

慕ってくれるのは嬉しいんだけど、こうも好き勝手されると
いい加減我慢の限界が・・・。

うひゃっ、勝手に人の手握ってくるの止めて!

うううっ、もう・・・げん・か・い。

い・・・

小さく呟いたあたしの声は、興奮状態で周りを取り囲む人々には
全然聞こえていないようだった。

「いい加減離れろ、ディル・ブランド〜っ!!」

ちゅっど〜ん!!

我慢の限界で呪文をぶっ放したあたしと。
周囲には爆風ですっ転んだメルカド協会の面々が。

イリーズとガウリイは・・・ちゃっかり逃げてやんの。
二人して人のこと助けもしないで「あれでこそリナだよな」
「だよね♪」って笑ってるんじゃないっ!!

ぜえはあと肩で息をするあたしと、一部焦げたりしながら
ヨタヨタしながら何とか立ち上がろうとする彼らの顔は
いきなり吹っ飛ばされたにしては妙に嬉しそうで・・・。

「いや〜、ドラマタに吹っ飛ばされたってのも良い記念だよな〜」

「ま。まあ、これがリリーナさんがリナ=インバースだって言う
まぎれもない証明ですよね」

「ウンウン、良い記念だ」



・・・ここの人たちって、変?





「だって、リナさんのリポートとか研究書を読んでいたら、私達と
同世代なのに一歩も二歩も先進んでいるんだもの。
あたし達には憧れの人物だったのよ」

ようやく場が落ち着きを取り戻し、立食形式のパーティーが
ささやかながら開かれていた。

そこで初めて知らされたのは、ここの協会ではあたし関連の資料が
良く使われていたり研究されているということ。

何と、コッフェルさんが献本したという魔道書もあたし関連の書籍だったり
資料集だったりしたそうだ。

それを教本として勉強してきた彼らにとって、あたしは身近で
ありながら尊敬の対象になっているらしい。

その為か、本心なのかあたしの手前だけなのかは判らなかったけど
あたしに面と向かって批判をするような奴は見当たらず。

一時の喧騒も収まって、矢継ぎ早に質問責めにしてくる面々を
一手に引き受けて、会場内で臨時の講義を開いたりして
なかなか楽しい時間を過ごした。

途中でなんとアッサムが挨拶に来てびっくりしたけど
もうイリーズには何があっても危害を加えないと言い残して
彼はその足で街を去った。

「いくら何でもあなたの弟子を敵に回すほど、身の程を知らない訳では
ありませんから」と。

この分なら、もうイリーズは大丈夫だろう。
これであたしも安心して旅立てる。







楽しい時間は瞬く間に過ぎ去って。
とうとう、お開きの時間が来た。

名残を惜しんでくれる面々に別れの挨拶を交わし、
いつかまた再訪する事を約束して協会を後にする。

このままイリーズの家まで歩いて、その足でこの街から出立。
安全に、騒動に巻き込まれないようセイルーンに向かう為に。

みんなには明日の朝出立すると嘘をついてしまったけど
正体を明かしてしまった今、悠長な事をしているわけにも行かないのだ。

あれだけおおっぴらに正体をばらしてしまった以上、何処から
情報が漏れてもおかしくないからね。

テクテクと、何となく黙ったままで歩を進めるあたしとイリーズ。
もうすぐお別れだというのに、別れを惜しむわけでもなく
ただ、静かに。淡々と歩く。

「なぁ、やっぱり明日まで待ったらどうだ?」
のんびりとした声でガウリイが提案するけど。

「ううん、今晩の方がいいと思う」
答えたのはイリーズだった。

「そっか」それだけで納得したのか、ガウリイがイリーズの頭に手をやり
クシャクシャと撫でる。

いつも、あたしにするみたいに。

「また、落ち着いたら会いに来るわよ、ね?」

「ううん、今度はこっちから会いに行くよ。 ねーちゃんはどこに居ようと
噂になるから探すの楽だし、あたいも世界を見てみたいから」
キッパリとした声でイリーズが言う。

「・・・そっか。 楽しみに待ってるわ」







イリーズの家の前には既に馬車が到着していた。
玄関ではアメリアが荷物を纏めて待っていてくれて。

「また、いらっしゃい。わしが生きているうちに、な。
本当にワシの嫁さんになってくれれば、今度は生きている鉱山をやるぞい?」
最後のはガウリイを気にしてコソリと囁いたつもりだったんだろうけど
しっかりと聴こえていたのか、横で苦笑してる男が一人。

「ええ、またいつか必ず」

笑って握手を交わして、あたしも荷物を馬車に運び込み。
「すっかりお世話になりました。では・・・」
失礼します、という前に
「じーちゃん、あたいねーちゃん達を街外れまで送ってくる!!」
駆け寄ってきたイリーズに、押し込まれるように
馬車に乗り込んだ。

御者台にはアメリアとガウリイが乗り込みそれぞれ挨拶をして。

あたし達はメルカドの街を後にした。




「んじゃ、ここで」

イリーズが指定したのはあの日、あたしとイリーズが出会った場所。

「ここであんたに会えて良かったわ」
「あたいも。 んじゃ、とりあえずバイバイ♪
また、ぜったいに会いに行くから!!」

ピョン、と馬車から飛び降りて。

「ねーちゃん、にーちゃん!!
たまにはケンカしてもいいけど、仲良くね!!」
ブンブン手を振って、一目散に街へと走り去っていく。

「イリーズ!! あんたはあたしが唯一認めた弟子なんだから!!
だから、いつでも会いにいらっしゃい!!」

あんたがあたしの弟子だって事に誇りを持てる様に
あたしも戦ってくるから。





「なぁ。 そういえばこれ、預かったんだが」

前から移動してきたガウリイに手渡されたのは
ラッピングされた大きな包み。

「イリーズがリナにって。 自分で渡したらどうだって言ったんだが
照れくさいからって預かってた」

「なんだろね?」
膝の上でガサガサ包みを開けると出てきたのは。



色違いのパジャマと、小さな缶とカードが一枚。
良く見ればパジャマは男性用と女性用のセットで。



カードにはイリーズの気性そのままの、元気いっぱいな字が踊っていた。



『これ、あたいからの餞別。資金は賭けの儲けだから
遠慮しないで受け取って。ちゃんとあたいの取り分はキープしてるしv
それと、あの時貰った香水。寝室に忘れていたから一緒に入れとくよ。
この香りはリナねーちゃんしかつけちゃダメ。大事にね。
それからもう寝不足な顔は見たくないから、これ絶対着てよね!!

親愛なる魔法の師匠にして大切な姉貴分リナ=インバース様
剣の師匠で姉貴の将来の旦那様なガウリイ=ガブリエフ様へ

P・S 今度会うのは式の時だよ!!』


「や、やられた・・・」

最後の一文に体温が上がってしまい、パジャマに顔を埋めたあたしは
続いてカードを読んだガウリイの「なら、そう先の話じゃないな」
って呟きは聴こえてなかったけど。


そう遠くない未来。

イリーズにも、そしてあのおせっかい焼きの
精霊にも、笑って会える気がした。












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