マグノリアと共に8









 あたし達が角を曲がり切るタイミングを見計らい。

 「うおおおおおおおおおっっっ!!」

 やや情けない叫び声を上げながら、ナイフを手に
こちらに突進してくる男の姿!!

 記憶していたよりもやや老けてはいたが、その顔には見覚えがあった。

 「へっ、アッサム!! あんたなんかにあたいが倒せるもんか!!」

 そう言いながら、イリーズの眼はしっかりと男の動きを捉えつつ、
 口の中では小さく呪文を唱えている。

 ・・・これは、フレア・アローか。

 呪文詠唱は完璧、間合いも充分。
 これなら一発でケリが付くかっ!!と思ったその時。



 「その辺にしておくんだな!!」



 突然辺りに響き渡った、別の男の声。

 ・・・それは昔、どこかで聞いた憶えのあるセリフ。

 「誰だ、貴様はっ!?」

 アッサムは割り込んできた声に気を取られ、棒立ちになったまま
声の主を探して叫ぶ!

 「貴様に名乗る名前はないっ!!」

 そう答えながら、建物の影からゆらりと姿を現したのは。



 サラサラと流れる綺麗な金色の長髪。



 アイアンサーペント製のブレストプレートとショルダーアーマーを身に着け。

 右手に握られているのは伝説の魔剣、斬妖剣。

 まるでヒロイックサーガに登場する騎士のように颯爽と登場したのは。



 そう。


 あたしがあの村で捨てた筈の、ガウリイ・・・だった。






 突然の乱入者に驚いて動きを止めてしてしまったあたしを尻目に、
 イリーズは敵に向かって完成した呪文を放ち。

 いともあっさりと、先制攻撃成功。

「あたいを狙おうなんて100年早いっての!!」

 きゅぼぼぼぼっ!!

「うわあっっ!!」

 「まだまだっ♪ そーれ、いっけ〜っ!!」

 ぴっきーん。

 「ぅのひゃ〜っ!!」

 「結構しぶといね。んじゃ、これおまけって事で☆」

 バリバリバリッ!!

 「そ、そんなおまけ・・・いら・・ん・・わ・・・ぃ」

 ぱたし。

 ヒクヒク。

 我に返ったあたしが見たのは。

 完膚なきまでにボコボコにのされて、無様に地面に這い蹲っている
アッサムと、完全無傷で楽しげに笑うイリーズの姿。

どうやら彼女は、アッサムが完全に抵抗する気力を失うまで一切攻撃の手を
緩めなかったようだがそれはまぁ、あいつの自業自得という事で。

モノヴォルトだのデモナ・クリスタルだのと、結構おっきい魔法も
使っていたようだけど一応命に別状はないようだし、まぁ問題ないだろう。

イリーズはすっかり煤けてしまった男を『ぎゅむっ』と踏みつけながら
「これに懲りたら・・・」とか何とかお説教を始めていて。



 本当に。



これに懲りて、二度とイリーズを襲おうなんて考えなくなればいい。



  それより、問題は・・・。



 「何だ、オレの出番が全然なかったな」

 剣を片手でぶら下げたまま、事の成り行きを眺めていたガウリイは
 どことなくガッカリしたように、ぼそりと呟いた。

そんな彼にイリーズはピッとVサインしながら、満足げににっこりと微笑んで。

 「ま、そういう事。じゃ、あたいはこいつを役所に突き出してくるから、
 代わりに先生をお願いします」って!!

 硬直したままのあたしを完全に無視して、一体どこから
取り出したのか、アッサムを手早く縄で縛り上げると
「先生、あたいこいつを役所に突き出してくる」って
言い置いて、さっさとこの場から退場してしまったのだ。
 












 イリーズの後姿をつい棒立ちのまま見送ってしまったあたしだったが。

 今、自分が置かれている危機的状況に気が付いた。

 ここにいるのはあたしと、ガウリイの二人だけ・・・。

 や、ど、どうしよう・・・。

 ガウリイにはあたしだって事、とっくにバレてるよね。

 思いもよらぬガウリイとの遭遇劇に半ばパニック状態なあたしの方に、
ゆっくりと。

 斬妖剣を鞘に収めながら、ゆっくりとガウリイが歩み寄ってくる。

 どうしよう、どうしようっ!!

呪文で空を飛んで逃げるか、笑って誤魔化すか。

いや、本気で怒ったガウリイにはそんな手絶対通じないし!?

 殴られる? 罵られる? それとも、それとも・・・。

ああっ、何も思いつかないっ!!

どうしようっ!!

どうすればいいっ!?



 「あの」

 「ぅひぃぃぃぃぃぃぃぃっっっ!!!」



 緊張が臨界点に達していた所に、いきなり声を掛けられたもんだから。

 口からすっごい悲鳴が飛び出しちゃった!!

 「おっと、すまん。驚かせちまったか?」

 へっ!?

 「え〜っと、その、ほら。成り行きでさっきの子に頼まれちまった事だし。
 最近色々と物騒だからオレが家まで送って行ってやるよ」

 ガウリイは以前とまったく変わりのない声で、あたしに対し優しげに話しかけてくる。

 こ、こりは。

 「ここからは家、近いのか?」

 あたしはガウリイに顔を見られないように思いっきり下向いたままだから、
 彼の表情は全然見えなかったけど。

 あたしの頭に降ってくる声は、普段通りのまったく緊張感の欠片もない声で。

 「え〜っと、一応怪しい者じゃないつもりなんだが・・・」

 ・・・見えなくても、分かる。

 きっと今、困った顔しながらポリポリほっぺた掻いてる。

 「ま、とにかく歩かないか? こんな寂しい場所にいるよりはいいと思うんだが」

 ・・・もしかして。

 「オレはガウリイ=ガブリエフ、旅の傭兵だ。・・・あんたは?」



 こいつは目の前にいるのがあたしだって事に、気が付いてないっ!?



 「え〜っとだなぁ・・・。そんなに怯えなくっても何もしないから」

 あんまりといえば余りな事態に、言葉が出ないあたしの態度をどう取ったのか、
 『ポンポン』と、頭に優しい懐かしい感触が乗っかって。

 「そっか、そんなになるほど怖かったんだなぁ。
 ・・・もう大丈夫だから、心配しなくてもいいぞ?」って、
懐かしくも大きな手が。わしゃわしゃと柔かく髪をかき乱した。

 俯いたままのあたしを怖がらせない様にって、宥めてくれてるの?

 「さ、とにかく行こうか」

 そう言うと、口を噤んだままのあたしの手を引いて、早足で
大通りに向かって歩き出す。



 そっか。



 あんた、記憶力クラゲ並だったもんね。

 あたしみたいな薄情もんの事なんか、とっくの昔に忘れてるよね・・・。






 思いがけないガウリイとの再会の瞬間。

 それはあたしの想像以上に切なく苦いもので。

 そして、それは思いもかけない形で突然訪れた。

 彼がもうあたしの事を忘れている、気がつかないでいる事にギュゥゥゥッと
 胸の奥が捻じ切られるかのように痛みを訴えるけど。

 そんなものは、あたしの一方的な感傷に過ぎない。

 ガウリイを一方的に酷い方法で捨てたあたしが
感じる事を許される想いじゃない!!

 今、ガウリイに必要なのは・・・あたしではなく。

 何も考える事なくのんびりと過ごせる時間こそが、必要なんだ。
 














 ガウリイに手を引かれるままに大通りに出て、しばらくあたし達は
ただ黙々と歩いていたんだけど。

 急に「えっと。なぁ、名前教えてくれないか?」
 無言で歩いてると間が持たなかったのか、困ったような声で問うてくる
ガウリイに、あたしの口が咄嗟に答えた名前は。

 「・・・リリーナ。 リリーナ=ランダース・・・」

 弱弱しく、細く震える声は、極度の緊張状態から来る自然なもの。

 普段のあたしの声とは似ても似つかない、やや上擦ったか細い声。

 「・・・リリーナさんか。 で、家はどっちだい?」

 とにかく返事をした事で安心したのか、ガウリイは穏やかに話しかけてくるけれど。
 
 「あ、あの・・・。私、一人で帰れますから」
 次にあたしの口から出たのは、彼に対しての拒絶の言葉。



 ようやっと、まともな事を言えた。

 あたしをあたしだと気が付かないのなら、どうかそのままで。

どうかそのまま、あんたは平穏な人生を送って。

面倒事はあたしの領分であんたには係わりのない事だから。

どんな手段を使っても、あんただけは護って見せるから。



 分かたれた道は、再び交わることはないのよ・・・。



 心の中で『これで本当にお別れだね』って囁いて、繋がれた手を
解こうとしたら。

 「オレがあの娘に頼まれたんだから、ちゃんと責任持って送って行くから!!」
って、逆にしっかりと握りこまれてしまった!!

 「あ、あの・・・。 は、離して、下さ・・・い」

 ヤダ、やめてよっ。

 そんな風に力強く手なんて繋がないで。



 あたし、泣いちゃいそうだよ。



 グローブをしていない手には、指先が空いている所為でじかに伝わる
ガウリイの体温がじんわりと暖かくて・・・。

 二度と感じる事はないと思っていた、彼の温もりを感じて
 あたしはこっそりと吐息を漏らした。







 「あ、あの、あたしの家、すぐそこなんです。 だから、もう・・・」

 しばらくポツポツと話しながら歩き続けたあたし達。

ガウリイは、ずっと、ずっとあたしの手を引いてくれていて
俯いたままのあたしの視界には彼の大きな手と、擦り切れた
いつものグローブだけが見えていた。

『こんな風に歩く事なんて、旅してた頃にもなかったな・・・』

ふと、少しだけ視線を上げたら、見慣れた色のレンガ壁の角が見えた。



 この目と鼻の先にはイリーズの家がある。

 あそこについたら。

 今度こそ、本当にお別れだね・・・。

 ずっと俯いたままだったから、結局ガウリイの顔、見られず終いだったけど
 でも、そんな事も、あたしが望んで良い事じゃない・・・。

 ガウリイが、気付いていないのなら。

 ここでこのまま別れた方がいいんだ・・・。



 「うち、ここなんです。・・・ありがとう」

 俯いたまま礼を述べて、イリーズの家の門をくぐろうとしたあたしだったのだが。

 「おや、先生。 イリーズはどうしましたかな?」って、最悪なタイミングで
 庭の方からコッフェルさんが出てきちゃった。

 「イ、イリーズは・・・」

 「イリーズって子なら、さっき暴漢をやっつけて役所に突き出しに行きましたが」

 咄嗟に何と言おうか迷ってしまったあたしの代わりに、
さらりとガウリイが答えてしまった。

それを聞いたコッフェルさんは目を丸くしながら
 「ほうほう、そうでしたか。 それはご親切に、どうもどうも。
 ところでリリーナ先生。そういう訳でしたら、今日の授業は中止ですね?」って。



 待って!そんな話しなくていいからっ!!



 「えっ、ちょっと・・・」

 「もしかして、リリーナさんはこの家の人じゃないんですか?」

 訝しげにコッフェルさんに問いかけるガウリイと
 「ええ、先生は通いで我が家に来て下さっているだけですよ?」
 にこやかに言わなくてもいい事をペラペラと話すコッフェルさん。

  当事者のあたしを差し置いたまま、二人の間で流れるように話が進んで行き。

 「・・・そういう事なら、ここで別れる訳にはいかんなぁ」

 ちょっ、ちょっとそれはっ!!

 「では先生、今日の所はお引取りを。 そうそう、あんた。傭兵さんかね?」
 あたしの方は一瞬チラッと見ただけで、コッフェルさんはガウリイに近づくと
 ポケットから握った片手を差し出した。

 「では、お礼はいたしますからこの人をご自分の家まで無事に
送り届けてやって下され。
 何、辺鄙な山の中に一人で住んでいらっしゃるから、こんな事の後に
一人で帰って頂くのも不安ですでなぁ。 
遠い分、駄賃は幾分弾みますでな、どうぞよろしく」

 そう言うと、『チャラ』と幾ばくかのお金をガウリイに握らせる。



 「や、待っ・・・」

 呆気に取られるあたしの目の前で、無常にもギィィ・・・と門は閉じられ。

 「じゃあ、行こうか♪ お前さんの家までの道案内頼むな♪」と。

 一人元気なガウリイにズルズルと引っ張られて。

 再び針のムシロ状態で山に向かって歩き出す破目になってしまった。



















 「・・・もう、ここで結構ですから」

 あれから、何度も何度も丁寧にお断りを入れたのに。

 「本当に、ここまでで充分一人で帰れますから・・・」

 「何言ってるんだ、君みたいな若い女性が一人でこんな場所を歩いて
帰るなんて、どう考えても危ないじゃないか。
それにだ、代金ももらって一応依頼という形になってるんだから、
 オレには君を無事に送り届ける責任があるしなぁ」とか何とか言いながら。

 ガウリイは、律儀に山のふもとまで着いてきた。

コッフェルさんに大まかながら家の所在を告げられてしまった所為で
街中で適当に彼を撒く事も出来ないままに。

 ここから、あたしの住む小屋までは徒歩だと2時間は掛かる。



 ガウリイさえいなければレイ・ウイングでひとっ飛びなのに。

 ・・・やっぱり、ここで別れなきゃ。

 何とか今までは気づかれずに済んでいるけれど
これ以上一緒に居たら、どこでボロが出ないとも限らないし。

 今までずっと俯き加減で歩いていたお陰で、直接顔を見られてはいないけど。

 顔を隠す黒い前髪も、ベールの役目を果たしてくれてたけど。

 その代わりに「そんなんじゃ歩きにくいだろ?」って、ガウリイの奴。

 ずっとず〜っと、あたしの手を握りっぱなしだったのよっ!!



 「あの、お願いですから。 ・・・とにかく手、離してください」



 とっくに周囲に人通りも絶えて、この場にいるのはあたしとガウリイのみ。

 これ以上離さないって言うんなら、いっそ呪文で眠らせて・・・。



 そう思った時だった。



 「ダメだ」

 先程までとはまったく違う、内に怒りを押し殺したような声がした。

 と同時に彼が纏う雰囲気もまた、ガラリと豹変する。

 「今、この手を離したら。お前さんはまたいなくなっちまうつもりだろ」

 や・・・。

 「・・・あんな思いをするのは、あれきりで沢山だ」

 ボソリと低く呟く声に混じるのは、血を吐く様な苦渋の響き。

 ガウリイ、あんた・・・。

 「いくら服装や髪の色を変えていても、オレにはお前だってすぐに判る。
 何で、あの日いなくなったんだよ・・・『 リナ!! 』」



 ビクンッ!!

 彼の口から自分の名前が出た瞬間。

 どっと押し寄せあたしの頭をいっぱいにしたのは。



 ガウリイと一緒に居てはいけない。

 ガウリイから離れなきゃいけない。

 ガウリイを捨てたあたしは、名前を呼んでもらう資格なんてない。

 どんな形であったとしても、彼とは一緒になんていられないのに。

 ガウリイは・・・あたしと共にいたら・・・いちゃ駄目なのにっ!!



 「だ、だめっ!!」

 我に返ったあたしは、無茶苦茶に暴れて必死になって
ガウリイに捕まえられてる手を引き剥がそうとするけれど
 痛みを感じるほどに握り締められたガウリイの手の力は一向に緩まないっ。

 「離してよっ!!」

耐え切れずに大声で叫んだあたしに。

 「離すかよっ!! 何で黙っていなくなったりしたんだ!!」

 ガウリイはあたしの手をつかんだまま、大声で怒鳴り返す!!

 同時にいっそう、あたしを捕まえたままの手に力が込められて
強すぎる力にギシリと骨が軋むけど。

 あたしは必死でその手から逃れようと更に身を捩り、暴れ続けた。



 あたしは。

あたしを見つめる、ガウリイの瞳が怖かった。

 怒りと、焦燥と、そして、深い悲しみを湛えながらもあたしだけを
食い入るような視線で見つめ続けるガウリイが、怖かった。

 「ボム・ディ・ウィン!!」

 殆ど本能で呪文を唱え、発動させて爆風を巻き起こし。

 わずか一瞬の隙をついて、あたしを拘束し続けていたガウリイの手から逃れ
 そのまま後ろに跳び退って、全速力の呪文詠唱で力有る言葉を解き放つ。

 「レイ・ウイングっ!!」

 「リナ!!!!!」

 あたしの周りを急激に風の結界が包み込み、その勢いに任せて
空に向かい跳躍をかけて。

 「くそっ!!」
腹立たしげに声を上げながら、あたしを捕まえようと。

 伸ばされたガウリイの手が、空に舞い上がったあたしの脚を掠めたけど
それは、結界に遮られて届く事はなく。

 あいつの手が掠めた事によって生じた衝撃にふらつきながらも、
何とか逃れて高く、高く天を目指し。



 「リナっ!! リナ〜!!」

 遥か下から、息を荒げたガウリイの声が追いかけて来る!!



 はやく、はやくっ!!

 一刻も早く家まで飛んで、荷物を纏めて何処か遠くに逃げなきゃ!!

 二度とあんな顔したガウリイに見つからないように。

 『ガガッ!!』

 感情が暴走して、うまく呪文を制御できない!!

 崖ギリギリを飛ぶのに、バランスをうまく取れず、結界が岩壁にぶつかって
たわみ、一瞬後衝撃が伝わってくる。

 胸が、痛い。

 鋭い刃物で切りつけられるよう痛くて、締め上げられるように苦しくて。

 両眼からあふれ零れる涙の所為で視界も定かでない中を、
あたしは必死に飛んだ。

 まっすぐに小屋を目指さないだけの理性は残ってはいたが、
普段通りの制御がかけられず、不安定なレイ・ウイングを解除して
しまわないように、無理やりコントロールに集中して飛び続けた。

 あちらこちらで岩肌や樹木に身体をぶつけ、結界を弾かれそうになりながら。



 ・・・あの小屋を見つけるには、いくら野生の勘を持つガウリイだって
どう早く見積もっても半日は掛かる筈。

 広大なこの廃鉱山の中からたった一つの小屋を見つけるという事は
例えるなら、砂糖壷の中に落ちたたった一粒の塩を探すようなものだもの。

 かなり無理をしたせいで息が切れて意識が飛びそうになるけれど、
今はそんなの気にしている場合じゃない。

 ようやく辿り着いた見覚えのある玄関に、あたしは倒れ込む様に辿り着き
 扉を解呪して素早く中に入り、再び封印を施した。

 「ハァッ、ハアッ・・・」

ベタりと扉に背を持たせかけ、酸素を求めて喘ぐ肺に空気を送り込み。

 ブラック・アウトしかけていた視界がクリアになってから、
ガクガクしている足を叱咤しつつ立ち上がった。



 あたしが真っ直ぐ向かうは書斎。



 あそこには今まで書き溜めた報告書が置いてある。

 あれだけは、何がなんでも持って行かなくちゃ!!







 あれだけは!!
 





 息を切らせながら『バタン』と乱暴に扉を開けた先には。

 「遅かったな」
窓からの逆光に縁取られ、細かな表情は見えなかったけど。

長い前髪の影になり、見えた口元は微笑みの形にゆがんでいて。

 声の調子すら清々しいほどにこやかに笑いながら、
その手に何かを持っている人物。

 絶対に、絶対ここにいるはずのない人。

 あたしが2回も酷い方法で捨てた男。

 そんな・・・、そんな事、あるもんか・・・。

 何かの見間違いではないかと必死に目をこすっても、そいつは消えてはくれなかった。
  





 開いた扉の先には。

 いつもあたしが使っていた机に腰を掛け。

 さっき再び置き去りにしたはずのガウリイが。

 ・・・真っ直ぐに、あたしに向かって微笑みかけていた。