チュンチュンと聞き慣れた囀りに目が覚めた。
小屋の上でなのか、朝だぞ起きろと小鳥が鳴いている。

  いつの間にかオレも眠ってしまったようだ。
  ふと怒りの気配を感じて横を見ると、
不機嫌そうなリナがじと目でこちらを睨んでいた。

  「おはよう、リナ。ずいぶん早いじゃないか?」
  理由を知っているのにわざわざ聞くオレも意地が悪いか。

  「・・・はよ。良いわね、あんたはそうやってしっかり熟睡できてさ。
  ったく、あんな不味いハーブがぶ飲みしたのに全然効かないったら。
  あーっ、後で文句言ってやるっ!!」

  ブツブツと文句を言い続けるリナの目の下には立派に成長を続ける二匹の隈。

「・・・お前さん、寝れないって言うわりに元気じゃないか?」

「怒りが原動力に決まってるでしょ!」

オレの突っ込みに、地べたを叩いてリナが吼えた。





 
  「おばちゃーんっ!このハーブ全然効かなかったじゃないっ!!!」
  起きて身支度を整え、簡単に用意した朝食をかっこんですぐ。
  リナは昨日ハーブを購入した店に乗り込んで
軒下の掃除をしていた店の人に食って掛かってったが。

  「あんた、昨日の・・・何とまぁ、こんなに立派な隈飼っちゃって。
ちゃんとアレ、手順を守って作ったのかい!?」

さすがに何時間も値段交渉でやり合った相手を一夜で忘れるはずも無く。
おばちゃんは驚いた顔をしながらも、目の下の黒ずみを見つけるやいなや、
ずずずいっと距離を詰めて真正面からリナの顔を覗きこんだ。

「若いのにまぁ、こんなに肌も荒れちまって」

朝早くからものすごい剣幕で乗り込んできた
リナの事を本気で心配してくれているのが伝わってくる。

「うん・・・。ちゃんと熱湯で淹れて、時間も分量も教わった通りにしたわ。
  一杯だけじゃ効きが薄い感じだったから、
夜中にも何度か作り直してみたんだけどやっぱり効かなくて」
心底親身になってくれていると判るおばちゃんの対応に
怒りを削がれたのか、リナも真剣に相談している。

  「うちのハーブはあくまで睡眠に誘う効果であって、
  強制的に眠らせる物じゃないからね。
とにかく無理やりにでも眠りたいならブルーリーの実を用いれば
肉体的には眠っている状態に持っていけるんだろうさ。
  けど、睡眠ってのはただ寝れば良いってもんじゃないからねぇ。
 身体と一緒に心も休ませる為のものだから、
良質な眠りじゃないと心に溜まった疲れは取れやしない。
  あんた、昨日も言ってたけど腕の立つ魔道士なんだろ?
 そんなに辛いのなら、催眠術とかそっち方面の魔法を自分に使うってのは?」

おばちゃんの提案にリナは「それは一寸都合が悪いから使えないのよ」と
首を振りながらでっかいため息を一つ零した。

どんなに眠り込んでいても、いざという時すぐ目覚められなければ
そのまま永眠という事態になりかねない。
オレがいる限りそんなことをさせるわけもないのだが、
サイラーグの一件以来、自分で潰せる不安要素は潰したがる
リナにとっては、最初から選択の外になる。

  「いったいいつからそんな風なんだい?」

  そういえば、リナが熟睡できなくなったのがいつからなのか、
オレも知らなかった。
  
  「きっちり覚えてはいないんだけど、多分二週間前位かな?」
  
  ・・・二週間前。
おい、それって山で野宿した時じゃないか!!

  あの日、寝ぼけたリナが探していたのは本当にテディ・ベアのモーリーンだったら。

 もしそうなら、あの時。リナに手を貸さずにいたなら
こんなことにはなってなかったのかもしれない。
オレが添い寝したりしたから、無意識にオレを求めるようになったとしたら。
いや、まてまて。さすがにそれは虚しすぎる。
けど、どっちにせよ現状のままこの事がバレたら・・・
へたすりゃ吹っ飛ばされるだけじゃ済まんぞ!?

密かに心の中でうろたえるオレには気付かないおばちゃんとリナ。
・・・とりあえず完全にオレは蚊帳の外だな、こりゃ。

  「他に心当たりはあるのかい?」

  「それがあればこんなに悩んだりしないわよ」と
その後も二人は店先で延々と話し込み。
立ち話がその場にしゃがみ込んでの井戸端会議になり、
井戸端会議が近所の奥さんを巻き込んでのティーブレイクとなり。

  「早くぐっすり寝られるようになればいいねぇ」

  「うん、ありがと。じゃあね」

結局、オレ達が店を後にしたのは昼飯の時間を大幅に過ぎた頃だった。





  
  「で、リナ。今日はどうするんだ?もう一泊この村に泊まるのか、
  それとも今から次の村まで急ぐのか。
今から急げば夜には着けるってさ。
そっちなら一応宿屋があるんだろ?」
遅くなった昼食をぱくつきながら聞いてみた。

  何となくリナの答えはわかる。

  「ん、あのね。ガウリイには悪いんだけど。この村は出るけど
隣村には急がない。今夜は手ごろな場所で野宿したいんだけど」

珍しくも申し訳なさそうな答えは予想通りのもの。

  「その、嫌なら先に隣村まで行っててくれて良いわよ。
  あたしの問題なのにあんたまで巻き添えにするのも悪いしね」

おいおい、今更オレに遠慮するとか随分水臭いぞ。
  
  「遠慮するなよ、寝られるまできっちり付き合ってやるからさ。
  それに寝不足のお前さん一人で野宿なんて、危なくてさせられねーだろ」

「ありがと、さっすがガウリイっ♪」

軽い調子で言ったオレに、いきなりリナが飛びついてきた!!

  「うわっ! あぶないって!!」

なんとかよろけずに受け止められたが、もうちょっとでアーマーに当たるとこだった。
それに、嬉しいからってオレ以外の奴にこんなマネしないでくれよ?

  「あれっ、この感じ・・・」

オレの腕にぶら下がったまま、リナが何か考え込んでる。

  「どうかしたのか?」

  「ううん、何でもないっ!!」

そう言いながらパッとオレの腕を離し、そそくさと荷物を纏め始める。

  「じゃ、仕度が出来たらさっさと行くか。
野宿するって分かってるんだし、なるべく良いポイントを探したいからな」

 どこかぎこちない動きのリナを促して、早々にレシェルの村を後にした。