「ここでどうだ?」

  「うん、いいんじゃない」

この日の野営地はレシェル村から数時間歩き
街道を大きくそれた森の真っ只中だった。

背の高い木々が空に枝を張り巡らせているお陰で殆ど空は見えないが、
ぽっかりと開けたこの場所の雰囲気というか、
人気のないこの森の空気がとてもいい。
ちょっと先に小さな泉が湧いているから飲み水にも困らないし、
しばらく雨も降っていないから地面はしっかりと乾いている。
おまけに地べたは最近落ちたばかりの綺麗な落ち葉でふかふかだ。






  「なら、今日の寝床はここで決定だな」
話が決まればさっさと野営の準備に取り掛かるだけだ。

  火を熾す為に少し地面を掘り下げ、手近な小枝を拾い集めて
縦横縦・・・と、重なりすぎないよう、炎が回りやすいように積み上げてやる。
小さな櫓の底部分に油気の多い落ち葉だけを丸めて下に突っ込んで
火打石で火花を散らすと、さっそく白い煙が立ち昇り、
ポッ!という音と共に小さな焔があがった。

  「ガウリイ、言ってくれれば呪文で火位点けたのに」
薪を集め終えて戻ったリナが声を掛けてくれる。
いつもは何も言わんくせに。やっぱり気にしてるんだろ。

  「ま、これ位はオレでもできるさ。
それよりリナの方こそ休めよ。一晩分の薪くらいオレ一人でどうにでもなる。
お前さん、あんまり顔色良くないぞ?」

  寝不足が祟ってリナの調子は完全に今ひとつ。
  幸いこのあたりに嫌な気配は一切感じないから、獣はともかく
盗賊達やレッサーデーモンなんかの夜襲は
  あまり気にしなくても良さそうだ。

  「ん、ごめん。じゃあ、お言葉に甘えて先に休ませて貰うわね」

ガラゴロと薪を手放すと、リナはおっくうそうにすぐ傍の木の根元に座り込んだ。
そのまま幹に背中を凭れさせて目を閉じたが、
居心地悪げに身を捩ったり足を組み替えたりしてちっとも落ち着かない。
しばらくしてやっと静かになったと思っても、苦しげに寄せた眉が
眠れていないと語っていて、本当のことを教えない罪悪感が湧いてくる。
けれど、今さら本当のことを話したところでリナが信じるかどうかわからない。

早く気付いてくれ、そしたらゆっくり眠らせてやるから。

  心の中で謝りながら、オレは夕食の準備に取り掛かった。

  




  「随分豪華じゃない!!」

  リナが驚くのも無理はない。

目の前には山葡萄、あけび、栗に山芋そして茸の数々。
全部自生していたものだ。人の手が入っていない場所というのと
獣に狙われなかったものがそのまま収穫になったってわけだ。

  そして今夜のメインディッシュは、なんとニギタケ!!
  食べ物を探し歩いている時、偶然ニギタケの群生地を見つけたんだ。




  「う〜んっ♪お・い・し・いっ!!
  ガウリイ、えっら〜いっっっ!!!」
さっきまでのぐったりした様子が嘘みたいに
リナはひたすら手と口を動かし続けてる。

  「リナぁ、オレにも少しは食わせてくれよ〜」
程よく食べごろに焼けた端から全部リナがかっさらっていくもんだから
まだ一切れもオレの口には入っていないニギタケ。

辺りに漂う香りが空きっ腹に堪えるが、ここは耐えるしかない。
寝る食う、もう一つはあえて言わない人間の本能が求める3つのうち一つは自覚なし、
一つは満たされてないんじゃ残る一つ、
食欲に走るしかないってのは分からんでもない。
・・・・・・けどなぁ。

「苦労して採ってきた貴重なニギタケをまだ一口も食ってないってのに、
バカスカ食ってる奴の為に串に刺して焼いてやるオレって、献身的だとは思わんか?」

  「自分の分は横に取っときゃ良いじゃない!いくらあたしだって
  生のニギタケにまで手出ししないわよっ!」

  ものすごい勢いで食べまくってるリナの言葉には
  ちっとも信憑性が感じられない。
まぁ、しばらくすると
  「他のも美味しそうだし。ニギタケはちょっと休憩してあげる」
幸せそうに食べごろに炙った干し肉や栗にも手を伸ばしだした。

  「美味いか?」

  「美味しい♪」

  はぐはぐと一心不乱に食べるリナを眺めながら
随分昔に『惚れた相手の胃袋を掴んだら勝ち』ってのを
聞いたことがあるなぁとか思い出していた。
それにリナは今のままでも十分魅力的なんだが、
もう少し肉付きが良かったら最高に抱き心地が良くなりそうなんだよな。
食べる量は多いがその分派手に動き回るもんだから、
いつまで経っても柔らかな女らしい体つきには至らない。
もちろんスレンダーに引き締まった今のリナも大好きだが
ほそっこいからか持久力に欠けるんだよな。

この先色々と体力使う事にも付き合ってもらいたいし、
もっとしっかり食わせた方がいいかもしれない。

  「ガウリイ?」

食事するのも忘れて邪な妄想に浸っていたオレを、
リナの声が呼び戻した。

  「ん? な、なんだ!?」

慌てていつものようにボーっとしていた様に装う。
  
  「ったく、あんた位よ!とれとれぴちぴちの超絶美味、高価にして希少なる
秋の帝王ニギタケさんを目の前にして、のほほーんと呆けていられるのって!!」

言いたいことはよっくわかった。
けどな。
  ・・・思いっきり焼き芋握り締めて言うことでもないぞ、きっと。

 




  なんだかんだと食事を終えて、後片付けやら寝床の仕度を済ませたら
あとは寝るまで思い思いにやりたいことをやるか、たわいもない話に
興じるのが常だ。オレは剣の手入れや荷物の整理なんかを済ませたりするし、
リナは明かりを灯して、オレにはまったく解らない魔道書を読んでたりする事が多い。

だが、今日はそういうことはせずにオレは寒くないよう多めに火を焚いたり
湯を沸かしたりで、リナの方も寝床を整え終えて寝る準備万端だ。
今回の野宿の目的がリナが睡眠を取る事なので
程よく腹も膨れて心地いいこのタイミングで、気持ちよく眠りたいんだろう。

  
  「今日はあのお茶、つくらないのか?」

「一応飲むから、お湯沸かしっ〜くぁ」

最後の方はあくびをかみ殺しちまって、まぁ。
  リナの奴、本気でそろそろ限界なんじゃなかろうか。

  「湯ならもう沸いてるって。昨日のアレを飲むんならコップ貸せ。
オレが作っとくからリナはちょっとでも横になってろよ」

  「・・・うん、よろし、く・・・」

ぐらりとリナの身体が傾いで、何の抵抗も見られないままポフンと
落ち葉の上に転がった。
そのまますぐにすぅっと目を閉じてしまう。

  「・・・くぅ」

さっそく聞こえ出した寝息に、オレとしては肩を震わせるしかないじゃないか。
  ハーブティを飲むまでもなく眠りに落ちたリナ。
寒くないようリナのとオレの、2枚の野営用毛布もかけてやり、すぐ傍に座り直して
連日の寝不足にすっかり荒れてしまった頬に視線を落とした。
リナの頬はもっとふっくらしていて、桃みたいなんだよな・・・
明らかに深い眠りに落ちているリナ。
そろりと髪を撫でて目覚めないのを確かめてから、息を殺して
リナの頬にキスを一つ。

  さて、オレはどうするかな。