火の粉の爆ぜる音と風に揺れる木々の葉擦れの音、
そしてリナの寝息のかすかな音が辺りを満たしている。

オレは火を絶やさぬよう焚き火に薪を放り込みながら
じっとリナの寝顔を眺めていた。

今のところ、彼女が目覚める様子はない。

寝不足が祟って夢も見ない程深い眠りに落ちちまったか。
もしそうなら、まだまだリナをお預けだな・・・そう思った矢先だった。

  「・・・んっ・・・ぅりっ・・・」

小さく呻いたリナの手が、パタパタと辺りを探り出した。
……始まったな。
オレはあえて手を出さず、黙って様子を見守るだけだ。

  「・・・う、り・・・ぃ」

ぽつりぽつりと、リナの口から漏れるうわごと。
  ・・・いったいお前さんはどんな夢を見てるんだろうな。
どんなに知りたいと願っても、たとえ強行に問い詰めたとしても
リナは何も教えてはくれないだろう。

今のままでは、今のオレ達の距離では。

しばらくジタバタと動いていたリナの指先が
偶然オレの身体を探し当てた瞬間だった。

  「ぃやっ! いかないでっ!!」

悲鳴じみた叫びと同時に、リナが跳ね起きたのは。

  「リ、リナ!?」
  
  「やだっ、いかないでっ!!・・・って、あれ?」
どうやら自分の叫び声で目が覚めたらしい。

しばらくの間、リナはもぐもぐ口篭ってバツが悪そうにしていたが
やがて肩を竦めて寝ぼけちゃったみたいと舌を出した。

リナとしてはあくまで『ただの寝言』で済ませたいんだろうが
あんな切羽詰った寝言を聞き流せるほど出来た人間じゃないぞ、オレは。

「おいおい、いったいどんな夢を見てたんだよ?」

  リナの真正面に回って、しゃがみこんで視線を合わせて問うてみても
夢の内容なんて覚えていないとはぐらかされる。

  「リナ、お前さんが最近眠れないのって夢が原因じゃないのか?
さっきだってオレの名前を呼んでたし」
  
思いきって突っ込んでみた瞬間、あからさまにリナの顔色が変わった。

  「いいからっ!!」

いつに無くキツイ調子で会話を打ち切ると
  「それ、あたしのよね!ちょうだいっ!!」と、
放置されてすっかり冷めちまったハーブティを一気に飲み干して
「おやすみっ!!」と再び横になった。



  ・・・取り付く暇も隙もないとはこの事だろうか。


「そんなにオレには話せないことなのかよ・・・」
背中を向けた相棒を眺めながら、つい、でっかいため息が出ちまう。
  しょうがない、今日は諦めてオレも少し寝るか。

火に薪を多めに放り込み、中心から少しずらして太めの薪を数本くべておく。
これでしばらくは大丈夫だろう。

  リナから少し離れて、適当な場所に転がり寝る体制に入り
いざという時即対応できるようにと剣の柄に手をかけたまま瞼を閉じる。

焦れる気持ちを押さえながら睡魔の訪れを待つうちに、
なにやらごそごそと動く気配に気がついた。

・・・リナだ。

あえて寝たフリを続けてみることにした。
いつもならこんなマネはしないが、今回だけは見張り失格でもいい。
リナが何を考えているのか、何に魘されているのか、今はただそれが知りたい。

ほどなく「ガウリイ、寝た?」と、小さな声と衣擦れの音。
反応しないオレの様子を確かめにきたのか、足音を殺して近づいてきた。
かすかな吐息が頬にかかる。
どうも顔を覗きこみに来たらしい。

そのまま動かずにいると、ぐっすり寝ていると思ってくれたんだろう。
大きな溜息を置き土産に、静かにリナが離れていく。
そのまま自分の寝床に戻るのかと思いきや、
すぐに何かを引っ張る音を伴い戻ってきた。

ガサッと、重いものが落ち葉の上に落ちる音。
  そして・・・ぱさっと寝転んだ音がして、背中に感じたのは確かなぬくもり。

リナの奴、こっちに移動してきたのか。

  オレはとにかく起きている事がばれない様に装うのに必死で、
息が乱れないかと内心冷や汗ものだったが
  どうやらそれは杞憂のようだった。

リナはオレの背中側に落ち着くと、フゥッと小さく息を吐いて
 「これならあんな夢見なくてすむよね・・・」と呟いたからだ。

 そのままオレの隣で毛布をかぶったのか、
動きもなくなり、すぐに規則的な息遣いが聞こえだした。

  オレはしばらくそのまま寝た振りを続けて、
リナが落ち着いた頃合を見計らって
  「・・・ぅ・・・リナぁ・・・っ・・・」
寝返りを打ったフリで、ガバッとリナに抱きついてみた。

  瞬間、リナの身体がビクッと硬直したけど、オレはそのまま寝たふり続行。

意外にも頭にも腕にもどこにも衝撃や痛みは来なかった。
覚悟していた呪文による制裁はないらしい。

ややあって、リナの腰辺りに回した右腕を、リナが自分から抱え込んだ!
彼女が今、どんな顔をしているのかは見れないが、
たぶん耳まで真っ赤になっているんだろうな。

かわいいと言いたくなるのを何とか堪えながら、まだまだひたすら狸寝入り。
  
しばらくそのまま大人しくしていたんだが・・・この、腕に当たってる柔かいのって
  やっぱりその・・・リナの胸、だよなぁ。
  いつも小さい小さいと気にしてるけど、こうやってる実際に触れてみると
ちゃんとボリュームもあるし、何より気持ちいい。
更に抱きなおされる度にムニュっとした触れ心地が非常にいい感じで。
このまま朝までとか、本気で生殺しって奴じゃないのか!!!!!




気を抜くとあっという間に崩れそうになる狸寝入りを続けていると
  「・・・夢の中の金髪って、モーリーンじゃなくて・・・ガウリイ?」
ふいにリナが呟いた。
本当にポロりと零れ落ちたような言葉。
やっと気がついたのか?

  「・・・へっ?りっ、リナ!?」

たった今、リナの声で起きたように装ってわざとらしく驚いてみせると、
慌てて距離をとろうとジタバタ足掻きだした。

とっさに力を込めた腕でリナを拘束して、強く強く抱き締めてやる。

「・・・うあ。お前さん、えっらい大胆なことするなぁ」

我ながらわざとらしいにも程がある。が、効果は覿面で。

  「うにゃっ!がっ、がががガウリィさんっ!?
い、い、いつから起きてたんでしゅかっ!!」

逃げられないと判っているのかいないのか、往生際悪く
悲鳴にも似た問いがやってきた。

うむ、お前さんが驚いてるのは十二分に判ったがな、
動揺しすぎで思いっきり舌が回ってないぞ。

「・・・で、リナよ。これなら寝られそうか?」

往生際悪く足掻くリナを宥めるためにゆっくり髪を撫でながら、
なるべく穏やかに聞こえる様に話しかけてみる。
  
  「あ、あの、とりあえず離してくんないっ? 
この体勢って、なんかすっごく落ち着かないんだけど!」

そりゃそうだ。

だけどな、ここまで来た以上お前さんを逃がす気なんぞ
これっぽっちもないんだぞ。

「オレはかまわんぞ。 どうせさっきも寝れてなかったんだろ?
なら、寝られそうならオレの腕だろうがなんだろうが試せばいいじゃないか」

あーオレ、絶対今にやけてるな。
リナに顔を見られたら一発で何考えてるかばれちまいそうだ。

「あんたがかまわなくてもあたしが落ち着かないのよっ!!」

いよいよ本格的に暴れだしたリナの体勢を強引に変えさせて
抱きなおし、小ぶりな頭を胸に押しつけて黙らせた。

ブレストアーマーがないぶん、ダイレクトにリナの呼吸が伝わってくる。
鼻の尖りが布越しに肌をくすぐるし、ぶつかる頬の熱さと柔らかさ、
顎にかかる髪のしなやかさと甘い香りに心臓が跳ねる。
いいかげん観念しろと、焦燥感に突き動かされるように言葉を重ねた。

  「あのなぁ、今この手を放したら呪文で吹き飛ばして終わりになっちまうだろ?
  ただでさえリナはすぐに呪文ブチかますから、はいそうですかって
ここでお前さんを放したら命がいくつあっても足りないだろうが。
それにこの体勢になったのはオレの所為じゃない。
オレはリナから離れて寝てたんだから、
今ここでこうしているのはリナが自分でオレの隣に来たからだろ?
  で、寝ていたオレがたまたま寝返りを打ったかなんかで偶然お前さんに
抱きつく格好になっちまって今に至る。ここまではいいな?」

畳み掛けるように事実だけを挙げていくとリナは唸って頷くのみ。

  「で、オレには何でリナが眠れないのか理由は判らんが、
お前さんの夢見が悪いらしいのと、その夢にオレがいるってのは分った。
そんで、理由はわからんがお前さんの抱き枕には布団でも藁でもマントでもなく
オレの腕が一番しっくりくるらしい、と。
  なあ、どうせならいっぺんこのまま朝まで寝てみるってのはどうだ?」

  オレの多少強引とも言える提案に、リナは反論してこない。

  いつもならオレがここまで順序立てて話すこと自体が異常だと
気が付くはずなのに、睡眠不足のリナは気付いていないようだ。

「正直、お前さんだっていいかげん限界だろうが。
一応お前さんだって年頃の娘だし、家族でも恋人でもない男に
抱きついて寝るのに抵抗があるってのもわかるが、相手はオレだぞ。
そこらへんの葛藤とかはこの際脇に置いといて、
とにかく寝られる時にしっかり寝た方がいいんじゃないか?
  もしここまでやっても寝られないってんなら、その時は改めて
魔法医に見てもらうとか、他の手を考えればいい」

リナの身体は思いっきり睡眠を欲している。
  それは他でもない、リナが一番良くわかっている。

  「でも・・・」

ここまで言わせておいてまだ迷うか、往生際の悪い!!

  「オレはリナが心配だし、何か役に立てるんだったらって思ってる。
なぁ、リナはそんなにオレと寝るのが嫌なのか?」

声音はあくまで寂しげに。

「言っとくが、オレがこんなことするのはお前さんにだけなんだからな」

リナはどう答えたものかとかなり戸惑っている様子。

ええい、これでどうだ!!

「いっつもリナに世話になってるからたまにはって思ったんだが。
そっか、やっぱり抵抗あるかぁ・・・」

項垂れるフリでリナの肩に額を押し付けた。
包み込むように豊かな髪が頬に当たるのがくすぐったくて嬉しくて、
リナの匂いを吸い込む度に身体が熱くなっていくのがわかる。

オレだけがこんなにもお前さんを意識してるってのか?
お前さんだってそうじゃないのか?

  「・・・っ、イヤじゃない。もう、わかったわよ!
  とりあえず今日は試しにあんたの腕を貸してもらう、それでいいでしょ!
寝れないようなら明日、違う手を試してみるから!!」

どうあってもオレが力を緩めないと理解したのか、
「じゃあ遠慮なく借りるわよっ!」と半ばヤケ気味に捲し立てて、
腕の中でぐるりと身体を反転させると、再び向こうを向いてしまった。
しかし逃げようとはせずに勢い良くオレの腕を引っ張り、掌を重ねてきた。

  「どうせなら腕枕もつけようか?」

  「いらないっ!!」

  「なあ、このままだとちょっときつい。
オレも楽な体勢になりたいんだが・・・」

  「・・・なによ、どうすりゃいいってのよ」

  「だからな・・・こう・・・」

  「これって・・・あんたねぇ・・・」

おーおー、項まで真っ赤になっちまって。
こういうときのリナはすごく判りやすい態度をとるからやりやすい。

  「これでオレもリナもぐっすり眠れるって訳だ」
  
  オレは手ごろな薪を枕代わりにして、右腕をリナの頭の下に敷く。
左腕でリナを抱きかかえるようにして、さりげなくに腰を捕まえた。
  そう、どこから見ても今のオレ達は熱々の恋人同士の図って訳だ♪

  「・・・やっぱし、ちょっと」

よっぽど恥ずかしいらしく、リナは落ち着きなくごそもそと身を捩っていたが。

  「り〜な〜、お前さん、これ以上寝不足重ねて目の下黒くするつもりか?
それにこの体勢ならお互いどこにいるかすぐわかるだろ」

結局、この言葉が決定打となったようで。



  結果。



抵抗をやめたリナは目を閉じてすぐに小さな寝息を立て始めた。

  そしてオレは、腕の中で眠り始めたリナの穏やかな表情に
  ようやく少しだけ距離を縮める事ができたのかなとささやかな幸福を噛み締めて。

そして、オレ達は抱き合ったまま次の朝を迎えた。